2001年12月3日の誕生日、渋谷のティップネスで週1回の太極拳の帰り道に明治神宮の菖蒲園に寄りました。お目当ては清正井のお水です。一ヶ月程前、ここの湧き水の評判を聞き、試してみようと思ったからです。家に帰ってから飲んでみたところ、やはりとても素晴らしかったため、翌週の太極拳の帰りに再び清正井にお水をもらいにきました。小春日和のとても気持ちのいい日で、周囲には誰もいなかったので、湧き水を汲んだ後しばらく井戸のほとりに佇みボ〜ッとしていました。
突然、情報がドカンと入ってきて私は即座に理解して「エッ、嘘でしょ! 私にはできません!」と答えていました。それは、日本人はずっと昔から自然界と一体となって暮らしてきた民族であり、すべての中に神を見いだし、すべてのものと調和して生きていたこと、現在は自然が破壊され人間の力は弱まっているが、日本人の遺伝子の中にはしっかりとその力が入っていること、この井戸の水は凄いかもしれないが、この水を使って聖水を作ればその水はもっと凄い水ができること、だから聖水を作るようにということでした。わたしが断ると空を見なさいと言うので見てみると、上空には太くて白い飛行機雲がまっすぐに伸びていました。すると、あの雲のように一直線に進めと言うのです。一筋の白い雲を見たとき、やるっきゃないと決心しました。
3日間の断食後の12月21日、寒い日でした。断食は初体験でしたが、聖水作りに対しては非常に役にたちました。感覚が研ぎ澄まされ目にするもの耳にするものはすべてメッセージを持っていることに気づいたのです。おかげで作る場所もタイミングもわかりました。完成したときは本当に嬉しかった〜。瓶にしっかり収めてお礼の参拝を済ませると雪が降り出しました。東京の初雪だったそうです。なぜか涙が溢れてしかたありませんでした。
数日後、仲良しの友人の家に聖水を持って遊びに行ったのですが、聖水の名前をつけるべきとのアドバイスをうけたのですが、その時は名前など必要ないのではと思っていました。帰り道、自分では気づかずに無意識に私はある言葉をつぶやいていました。大和 大和 大和 ‥‥‥ ふと顔が何かに引っ張られるような感じで右上を見上げると、木々の間から大きなまあるい月が出ていました。 ここで初めて自分が大和とつぶやいていることに気がついたのです。「ああ、大和という名前をつければいいってことね!」
「大和」とは、大調和の心という意味で、日本人の心の奥底に埋め込まれているものであり、今こそこの「大和魂」を呼び起こす時なのだというのです。「大和魂」は戦争で少し違ったニュアンスで受け止められている節もあるようですが、大調和ワンネスの意味なのだそうです。